交渉人

 船長日誌 西暦050311 05.45

 先日入手したはいいが暇が無くて、船倉の自室に放置していた生地の書を片手に、材料を調達すべくロンドン交易所へ赴いた。駆け出しの職人が生産で利益を生み出すのは難しいというのが定説なので、原価を可能な限り押さえるべく交易所の親父に吹っかけ交渉を挑む。
 あっさり敗北。細かい数字はもはや覚えていないが、成功率は2割切っているのは確実だ。エリシアとかは5連続で成功したよ?などとほんとに同じ商人なのかちょっと自信無くなるような景気のいいことを言ってるし、むぅ、女の武器でも使っているんだろうか。卑怯者め。
 そんな成功率2割を割り込むような交渉にいちいち頼っていては、いつまでたっても材料は集まらない。諦めて買えるだけ買って船に積み込む事にし、ロンドンに見切りをつけエディンバラへ向かうことにした。ロンドンなんか大嫌いだ。最近は人ごみで買い物すらままならないし。と気分は上京して夢破れた田舎者だ。ロンドン生まれのロンドン育ちだけど。

 数日の航海を経て、エディンバラ到着。自国領かつ、この地に来る度に投資している影響もあるんだろうか、ロンドンよりも仕入れ可能量が多いことに驚いた。値段交渉の結果は言うまでも無い。泣。
 質より量を優先し、ここで仕入れに専念することにし、ひたすら材料の仕入れに明け暮れつつ、縫製修行に明け暮れ、ミルクがぶ飲み。空きがあるのをいい事に船倉が満杯になるまで繰り返していると、気付いて見れば船倉は満杯どころか船の居住区にまで積荷が溢れ出し、水夫達の食料と水が4日分しか積み込めないということが判明した。
 このままだと水夫への配給を乾パンと安ビールのみに制限したとしても、食料が切れる前に他の街まで辿り付く事はほぼ不可能だ。ストックホルムから出発してコペンハーゲン目指していて気付いたらストックホルム沖に戻ってきた経験のある方向音痴だし、強行して一歩間違うと積荷もろとも海の藻屑になることは明白だ。

 どんな勝負も勝つか負けるか1/2、勝率50%というのは常識だが、大量の積荷を抱えてそんなリスクのある勝負は挑めない。というか最近おとなしいがXXに逆らう身の上としては呪われっぷりはいまだ健在なはずだし嵐の前の静けさだろう、ぜったいなんか近々災厄に襲われる。間違いない。

 そんなわけで積荷を処分しないことには帰る事すら出来ないという、正に退路を絶たれ正に後には退けない状態で決断を迫られ、エディンバラ交易所の親父に吹っかけ勝負を挑んだ。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。負け。やっと交渉成立。
 気が付いたらこの交渉に2週間以上も費やしていたらしい。朝日がまぶしい。今までの負けに満ちた敗北の歴史の中でも最長交渉記録かもしれない。人に話しても汚点にしかならいのがたまに傷だが。

 いずれにせよ経費を差し引いても粘ったかいのあるくらいは利益出たので、交渉の10日目を過ぎたあたりで偶然エディンバラ市街で遭い、交渉が終わるまで待ってくれていたらしい社長と一緒に一路ロンドンへと戻ることにした。さすが冒険家、船足が速い。今回のロンドン←→エディンバラ間に限らず、全航程の半分は帆の調整に使ってるうちの船とはえらい違いだ。いつかその技術盗み取ってやると心に誓う。

 社長はなにやらギルドの依頼があったらしく、ロンドンでまたの再会を約し別行動を取る。わたしの今回のロンドン滞在の目的は小銭が貯まったので新たな船の購入することだ。あのまま社長と一緒にいたら絶対変なとこ連れてかれた挙句、嵐に遭う、海賊に襲われる、鮫に喰われそうになるなどなどろくでもない目にあうとちょっとだけ危機センサーが感知したという事は否定できないが。

 目当ての船を売りに出している仲介屋さんがあっさり見つかったので、購入する旨伝えたところ、スピード取引であっさり商談成立し、支払いを済ませ新たな船を手に入れた。ただ、あちらの提示額が製造原価+謝礼という微妙な要求だったので一応わずかながら謝礼を沿えて支払いをし特に文句は言われなかったものの、あちらに不満の無い額だったのかどうか、それがわからなかったのでそれが喉元に刺さった棘のように気持ち悪い。今度から船購入する時はすっぱり提示額を示している仲介屋さんか、もしくは顔なじみに頼むことにする。まだ知り合いと呼べるほどの仲介屋さんいないけど。非武装非戦主義のわたしと軍人さんだと普段の接点が皆無だし。泣。

 自分の身の丈にあった船購入だったら通常価格で買っても別に気にならない程度の誤差の出費だし、何より双方に満足の無い取引は味気無さ過ぎてどうにも気に入らない。そういう不完全燃焼な取引するくらいなら、挨拶すら無しで金と商品の移動だけのドライな取引の方がまだ好みだ。

 買うときはお礼を言い、売るときは商品と金額の提示のみというドライな取引というスタイルではあるが、例外的に仕立て直しだとか縫製関連の発注の場合だけ色々交渉することにしている。バザーでは例え1%でも利益を乗せるようにしているが、直に交渉してきたなかで気に入ったお客さんであれば赤字販売も辞さない。というかただで不良在庫化してる品をおまけつけたりとか。

 しかし値段交渉してくるお客さんとか洋服の注文をしてくれるお客さんはほとんど皆無に近いのが残念だ。貨幣価値が低いというのがその根底にあるんだろうなぁと寂しさを覚えた夜と思っていたらなぜか朝。